キンタマ5000個の世界について
高校に入って最初の古典の授業、古典の先生がおもむろにこう言った。
「この学校は男子校で、全校生徒が大体2500人いる。ということはこの学校には5000個のキンタマがある、ということです。」
この先生が話してくれた人生観や古典の話は今ではすっかり頭から抜け落ちてしまったが「キンタマ5000個」という言葉は今でも僕の頭の中にこびりついて取れない。
今までの人生で様々な言葉に触れてきたが「キンタマ5000個」を超える攻撃力を持つパワーワードに未だに出会ったことがない。
「あ、お父さんな。明日からもう帰ってこんけん。元気でな。」
「ね、ここのさ。寿司って漢字、なんて読むと?」
「私たち、友達って関係の方が良くない?」
いやいやいや「キンタマ5000個」には遠く及ばない。
「キンタマ5000個」かぁ…
確かにこの教室の状況、右にもキンタマ、左にもキンタマ、前後にもキンタマ、上の階にも下の階にも、おびただしい数のキンタマがある。
グラントでサッカーボールを蹴るキンタマ、英語の発音練習をするキンタマ、パンをかじるキンタマ、委員としてクラスのキンタマ達を仕切るキンタマ…そう。ここは自我を持ったキンタマの国。キンタマ王国…!!
そんなことを考えていたら、いつの間にか授業は終わってしまっていた。
腹が減ったが弁当を食べるにはもったいない時間だったので、僕は大好きな「つぶグミ」を食べることにした。
「つぶグミ」を食べていたら左の席に座っているキンタマ1から話しかけられた。
「お!つぶグミ!3個くらいちょうだい!!」
まてまてまて。キンタマ1よ。お前と話したのは今が初めてだ。図々しいにも程があるだろ。てか3個くらいってなんだ。くらいって。3個って言えや。いや、3個ってなんだ。キンタマ1よ。初対面だぞ。このキンタマは義務教育受けたのか。3個は初対面のキンタマにもらっていいグミの致死量を超えている。
僕はちょっとの反抗の気持ちも込めて、同じ味だけを厳選して、グレープ味オンリーで4個渡した。
「お!ぶどう!好きなやつっちゃん!ありがとう!!」
くそ、グレープ味はキンタマ1には逆効果であった。
すると近くに座っていたのだろうか、キンタマ2も近づいてきて話しかけてくれた。
「俺のトッポ食べる?」
優しい!!正直初対面のキンタマに言われると若干の怖さも感じるが、当時の僕には嬉しさが勝っていた。僕はありがたくキンタマ2からトッポを受け取ってかじった。
「………。」
そうなのだ。お察しの通り、今登場している全てのキンタマは、コミュニケーション能力が著しく低いキンタマばっかりなのだ。お菓子を共有しあったはいいが、それからの展開を誰も用意していない。キンタマが3個、いや6個集まって無言になってしまった。
「あのさ。」舵を切ったのはキンタマ2だった。
「うん。」
「俺さ、ポケモンのさ、世界ランク、あれ16位なんだよね。」
「ヘーーーー…。」
いや、これは僕らが悪い。こんなすごい経歴のキンタマ2の話を広げられなかった、キンタマ1とキンタマ3こと僕が0ー100で悪い。
「俺、しょんべん行ってくるわ。」
沈黙に耐えきれなくなって、僕ことキンタマ3はトイレに逃げることにした。
「俺もいくよ。」キンタマ1が付いてきた。
なぜだ!!!残酷にも、キンタマ1は勇敢に話を広げようとしてくれたキンタマ2を切り捨てて、話を広げられなかったキンタマ仲間の僕の方に付いてきたのだ。なぜだ!キンタマ1よ!!つぶグミか?つぶグミに恩を感じているのか?気にするな。キンタマ1よ。
というか恩義を感じているのであれば、今すぐ教室に戻ってキンタマ2のポケモントークを広げてやってくれ……。。
それから何日かして、僕とキンタマ1は無事に「よっ友」になった。キンタマ1は帰宅部だったが、僕が陸上部に入ったのでほとんど話す機会が無くなったのだ。最初にできる友達なんて、大体こんなもんだ。
キンタマ1とキンタマ2が今、何をしているのか。どこにいるのかも、今の僕は何もしらない。
今日の昼間に1人でつぶグミを食べたから、ふと思い出しただけだった。
試しにキンタマ1のLINEのアカウントを調べてみたら、ひとことが「こっちもう使いません!」だった。
この先連絡することなんてないだろう。
でも、ちょっとさみしいね。